閑話1  ガールズトーク

 すでに日課となった二人だけのパジャマパーティーに、ユエが乱入してきたのは数時間前。始めはユエの破天荒な言動に戸惑いを隠せなかった和葉と雅も、時間が経つにつれて慣れて――麻痺してきた。
「だから、あたしはシルヴィスと雅がくっつけばいいと思うのよね!」
 何が、だからなのか。魔法機関について熱く語っていたかと思えば、ユエは突然そう口火を切った。和葉は恐る恐るユエに近づいて臭いを嗅いでみたが、酒の臭いはしない。完全に素面だ。
 ユエは美人なのに変人だ。かなり頭が良く、社交的な喋り方をすると思いきや、ずけずけと真っ直ぐに物事を口にして、たまに周囲を圧倒する。今がそれだ。
「あたしの勘が告げているのよ。シルヴィスの若干屈折した正義感と雅の歪曲変形した思考回路は、超高次元魔法機関における油分と高粒子成分の至適共鳴のように、混和困難な奇跡よ。だから見てみたいのよ!」
「気が合わなそうだからくっついたらどんなもんだか見てみたいってことね」
 雅がばっさり切ると、ユエは何故だか満足そうな顔をした。和葉はユエの発した難しい言葉に混乱中である。意味が分かるようでわからない。
「どう、雅。うちのシルヴィスはたぶん将来有望よ?同じキングメーカーなんだし、通じるものが何かない?」
「無い」
 和葉は雅の気持ちが今ははっきりとわかった。本当に迷惑そうである。
「でもさー、すっごくイケメンだよね!ヒビキほどじゃないけどまぁまぁ背高いし、銃の腕もピカイチだし、頭もいいし、出世しそうな感じ。……偉そうなのがあれだけど」
「……」
 雅はしばらくシルヴィスの姿を頭の中で思い描いているようであったが、眉を顰めて首を横に振った。
「考えたくない」
 いつの間にシルヴィスは雅の不興を買ったのだろう。和葉が少し不思議に思っていると、ユエが爆弾発言をした。
「シルヴィスと和葉でもいいわよ」
「でもいい、ってどういうこと!?」
「和葉、突っ込むところはそこじゃない」
 冷静な雅がそう言うが、和葉はぷんぷんと怒った。
「私は好きな人、いるもん!」
「あら」
 ユエが片眉をくいと上げて、興味をひかれたような顔をした。う、と和葉は後退する。自分から攻撃のネタをくれてやってしまった。
「坊やみたいな恰好してるから、まるきりお子様かと思ったら。元の世界の人?」
「う、うん」
 頷いてから、和葉は不安になった。元の世界から自分が消えた時、善はすぐそばにいた。目の前で消えた和葉を見て、善はどう思っただろうか。変な風に思わなかっただろうか。心配してくれているだろうか。
「あの、善って人?」
 善の思い人である雅がそう言った。和葉はなんとなく居た堪れなくなって、うぅん、と肯定とも否定ともとれるような声を出して誤魔化した。
「はっきりしないわね」
 ユエがにやにやと笑いながらからかってきたので、和葉は思わず立ち上がった。
「と、とにかく、私はシルヴィスとか全然好みじゃないから!あんな性格悪そうな高慢男、善兄の足元にも――」
「ほう」
 それは吐息にも似た声であったが、和葉には怒鳴りつけられたのにも等しい衝撃を与えた。
「まさか、そんな風に思われているとはな」
 振り返ると、思った通り、部屋の出入り口に黒髪と紫の目の美青年が冷ややかな目をして立っていた。その後ろには「あちゃー」と手で顔を覆うヒビキの姿もある。なんで褒めてるときに来ないのだ、と和葉は心の中で罵倒した。シルヴィスに逆らうと怖いことになるのはすでに学んでいたので、あくまで心の中でである。
「和葉、なにベタなことしてるの……」
 呆れたように言うなら、危険を察知した時点で教えてくれてもよさそうなものである。和葉は離れたところでお茶をすすって、傍観に徹することに決めたらしい雅を恨みがましい目で見やった。
「大体、ここ、雅の部屋だよ?雅に何か用じゃないの?」
「大声で自分を罵倒する声があったら、普通気になるものだろう」
「ば、罵倒、て!」
「ならば悪口をでかい声で言っていた、と直そうか。大した違いはないが」
 和葉の知識レベルに合わせたとでも言いたげな言い方に、和葉はかちんとくる。
「もー!なんで、そう腹立つ言い方するわけ!?」
「先に喧嘩を売ったのはお前だ」
「そんな偉そうな態度だから雅にも嫌われるんだよ!」
 和葉としては何気ない一言だったのだが、それは和葉の意図しない方面でシルヴィスの胸に刺さったらしい。シルヴィスは一瞬ぎくりと身を強張らせて、雅を目だけで伺った。雅は目を瞑って眉を顰めていた。本当に何があったのだ。
「……悪口は本人に分からんように言え」
 シルヴィスはそう言うと、ヒビキを従えてさっさと部屋を出ていってしまった。微妙な空気を和葉が何とかしようと試みる前に、空気を読まないユエがまたもや爆弾を投下した。
「ねぇ、雅。あんたにやる気があるなら、惚れ薬とか用意できるわよ?」
「ユエ、今のやり取り聞いてた?」
 和葉は思わず問うた。ユエは自信満々に頷き、雅に詰め寄っていく。
「あんたも興味わかない?シルヴィスが一人の女に恋してメロメロ状態になる様、見たくない?しかも、その対象はあんたなのよ」
 ユエの瞳はこれ以上ないほどに輝いていた。魔法機関発明家の性だろうか。未知の領域に迫るその瞬間のためなら、雅の絶対零度の視線にも耐えうるらしい。和葉には絶対に無理だ。
 雅は視線で人を凍死させそうな目をして、一言「いらない」と言った。
「なんで?」
「そもそも、あたしは元の世界に戻るんだよ?シルヴィスに限らず、この世界の人とどうこうなるなんて無理でしょう?」
「いいじゃない。ちょっと遊ぶだけで」
 ユエは自分の言っていることの意味が分かっているのだろうか。
「嫌。そんな無責任なことしたくない」
「固いわねぇ」
 雅は一瞬、何か沈思するように視線を下げたが、それ以上何も言わなかった。
「じゃあ和葉、」
「やだ!」
 和葉は力一杯拒否して、逆にユエに問いかけた。
「ユエは?ユエは惚れ薬を使いたいと思う人いないの?」
 ユエは予想していた問いだったのか、あっさりと告白した。
「いるわよ」
「えっ」
 ユエは言動こそ破天荒だが、立派な大人の女性である。そのような相手が居てもおかしくないが、変人の側面の方が際立ってしまっていて、和葉はまったく予想していない答えだった。
「ヒビキ?」
「あり得ないわ」
 ユエははっきりとそう言ってから、くす、と笑った。
「シルヴィスよ」
 それは本日何度目かの爆弾だった。さしもの雅も目を丸めていた。
「え、え、え、」
「さて、今日のところはお開きにしましょうか。明日もびしびししごくから、寝坊しないで起きてくるのよー」
「ま、待ってよ、ユエ!」
 ユエは言いたいことだけ言って、すたすたと部屋から出ていってしまった。残された和葉と雅は顔を見合わせて、嘆息した。
「振り回された……」
「ユエって意味わかんない」
 雅の呟きに、和葉はうんうんと何度も頷いた。

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